小脳梗塞体験記

まさか、自分がこんな病気にかかるとは・・・、夢にも思わなかった。救急車 で最初に運ばれた病院ではCTを撮ったにもかかわらず「良性変換性めまい」と 診断され、症状が治まらず2日後に行った別の病院のMRIで漸く「小脳梗塞」 と判明した。小脳梗塞の場合、発症当初はCTでは分かりづらいらしい。MRIだっ たら分かったかもしれないとのこと。もし、私と同じ症状(めまいと嘔吐(吐き 気))があった場合、CTとMRIの両方を撮影することをお薦めする。

これは、小脳梗塞の発病(2008/6/25)から退院(2008/7/11)までの体験を簡単に まとめたものである。


【変更歴】

発病

それは突然に

2008/6/25(水)の朝、ちょっと早めに目が覚める(6:00頃)。トイレ・歯磨きを 済ませ座椅子に座ってテレビを見ていると頭にカーッと血が昇る感じがし後頭 部が痛くなる。と同時に部屋がぐるぐる回り座っていられない。堪らず横にな る。少し時間を置いても治まらない。呼吸が早くなり、手が痺れ、吐き気もあ る。次第に脂汗も出てくる。このままだと死ぬかもと思い救急車を呼ぶことに した(7:00頃)。

ふらつきながら、玄関の鍵を開け、隣の部屋のベッドに倒れこむ。 枕元にある子機をとり、一瞬ためらったあとに119を押す。

症状や住所等をちゃんと言えたので、このときは脳には問題はなさそうな感じ がした。しばらくして救急隊3名が到着。私を起き上げようとするが、目が回っ て座ることもできない。次第に吐きそうになる。部屋は3階にあり、ストレッ チャーも使用できないので、手提げ袋を開いたような物の上に乗せられて下ま で運ばれる。初めて乗る救急車なのに、目が回って目を開けてられなかった。 だから救急車の中がどうなっているか、よく覚えていない。

救急隊が近所で行きつけの病院に連絡するが、早朝で医師がいないと言うこと で別の病院に行くことにした(7:10)。救急指定病院なのに…。

病院について(7:30)もめまいは治まらず、嘔吐を繰り返すのみ。何も食べてい ないので胃液だけが出る。医師がやってきて「9時まで様子を見るか」と話し ている。看護師達は「CT撮らなくていいの」と小声で話している。めまいと嘔 吐はますますひどくなる感じだった。しかも、息が激しくなり過呼吸状態にな りだしたので、看護師が紙袋を口元に持ってくる。その紙袋の匂いがいやで、 ますます吐き気が増す。

看護師にお願いし、相模原に住んでいる妹を呼んでもらう。そして、会社にも とお願いしたが、家族の方に連絡してもらってくださいと、あえなく断られた。 しかたないので、会社へは自分で電話する(8:45)。

処置室らしいところに運ばれ、ベッドで点滴を打ったまま寝かされる。嘔吐は 止まらない。寝返りを打つとめまいがひどい。そのうちトイレに行きたくなっ た。歩いていけないので、車椅子で運ばれるが、待合室の前を通るのがちょっ と恥ずかしかった。トイレから戻りベッドに横になると、また嘔吐する。寝返 りと一緒で頭を動かすと吐き気が襲う感じである。

この病院では点滴と吐き気止めの注射を打つのみで、まともな診察をしない。 最初脳出血かと思っており、心配なのでCTをお願いするが、その結果も脳には 問題ないとのこと。本当に問題なかったのか、CTの結果を見ていないので定か でない。

結局、精神安定剤と吐き気止めの薬を処方してもらい病院を出る(15:00)。次 回は「XXX病院の耳鼻科に行ってください」だと!

その後

病院から自宅に戻っても、吐き気とめまいは止まらない。ベッドで横になって いるのが精一杯である。妹にコンビニで食い物(ゼリー、インスタントのお粥 等)を買ってきてもらったが食欲がない。妹が帰り、次第に暗くなると、底知 れぬ恐怖感が押し寄せてきた。目を開けると天井がぐるぐる回る。なんとなく 怖かった。いつもは電気を消して寝るのだが、小さい灯りを点けて寝ることに した。

翌朝(6/26)、目が覚めてもめまいは治まらない。吐き気も少しある。ゼリーを 食べて薬(精神安定剤と胃薬)を飲むが、一向に良くなる気配はない。仕方ない ので、今日も会社を休むことにした。いつもだったらメールで済ませるのだが、 パソコンも扱うことができない状態である。会社へは電話でその旨伝える。

夜になり、少しは治まりかけたようだ。テレビを見られるようになった。それ でも、目を使うとつらく焦点を合わせるのがつらく、めまいは治まらない。た だ、吐き気が少し治まったので、カップうどんが食べられるまでには食欲は回 復した。

病名判明

3日目(6/27)、やはり症状が変わらない。とても会社で仕事をできるような状 態ではない。仕方がないので、最初の病院で紹介された耳鼻科を受診すること にした。

朝9時ちょっと前に、自宅を出た。病院までは100mぐらいだろうか、ふらつき ながら塀を頼り進む。もう少しで病院というところで、右手に変な感触が…、 鳥の糞だった。最悪…、さらにへこむ。

受付を済ませ、ふらふらと待合の椅子に座る。座っているだけでもつらい。椅 子に座り頭を抱えていると受付係りの女性が、「つらそうなので処置室のベッ ドを使用されますか」と。早速ベッドを使用させてもらう。助かった。

耳鼻科の順番が来たので、症状や救急車で運ばれた経緯、その病院ではまとも な検査も治療をしてくれなかった不満を話す。早速検査が始まった。水中メガ ネにでかい凸レンズをつけたようなのをかぶせられ、椅子の背もたれを倒し、 頭を右に左にぐるぐる回される。そのときの目の動きを見ているらしい。「め まい」の症状はそれほどでもないとのことだった。念のため、三半規管を詳細 にMRIを撮る事になった。三半規管に腫瘍ができていると、このような症状が 出るらしい。

MRIの撮影には予約が必要で、看護師が「今日か明日のいつにしますか?」と。 当然至急検査して欲しかったので、今日中にとお願いしたところ15:40から空 いているとのこと。4時間以上もある。一旦自宅に帰ろうとしたら、看護師が つらそうなので処置室で寝て待ったほうがいいのではないですか、と。腹も減っ ていたので帰ろうかと思ったのだが、やはりつらいのでそこで寝て待つことに した。14時を過ぎた頃、MRIの順番に空きができたということで呼ばれる。行 きは看護師が手を貸して連れて行ってくれたが、帰りは自分でふらつきながら 処置室のベッドまで歩いて戻ってきた。

それからどれくらい寝ていただろうか、(多分脳外科の)先生がやってきて「小 脳に脳梗塞が見られます。至急入院してください」
 んっ!・・・脳梗 塞?・・・入院?・・・なんだそれ・・・?
 一瞬判断ができなかった。

次に、CTも撮る事になった。起き上がるとそこには車椅子が用意されている。 MRIのときとは、扱いががらりと変わってしまった。

「この病院では24時間の対応ができない」ということで、救急車で横浜医療セ ンターに運ばれ、救命救急病棟に入院することになった。

最初の病院でCTを撮ったのに分からなかったことを話すと、小脳梗塞の場合は 1日ぐらい経たないとCTでは分からないとのこと。MRIだったらひょっとした ら、分かったかもしれない、ということらしい。

入院

2回目の救急車

病院付属の救急車で「横浜医療センター」に運ばれることになった。処置室の ベッドから起き上がると、今度はストレッチャーが用意されていた。ストレッ チャーに仰向けになり、固定される。看護師から「がんばってね」と声をかけ られた。うれしかった。横浜医療センターに到着したのは17時ちょっと前だっ たと記憶している。

簡単な症状を医師から問われる。意識ははっきりしているが、めまいや吐き気 があることを伝える。その後、目をつぶって左右の人差し指を鼻の頭につける。 そして、鼻から指を離し腕を伸ばす。それを交互に繰り返す。足を交互に上げ る。かかとを別の足の膝に触れ、そのまますねをなぞる、等の簡単な検査を行 う。このときから左足がちょっとおかしかったかもしれないが、それほど不自 由ではなかった。

病院備え付けの浴衣に着替えさせられ、点滴を打つ。心電図・レントゲンの撮 影など一通りの検査が終わると「救急救命センター」病棟の病室に運ばれた。

病室へ

個室だ。天井には監視カメラがあった。急変があるかもしれないので、どこか で監視しているのだろう。点滴はそのままである。空になると直ぐに新しいの と入れ替えられる。夜寝ている間も点滴はそのまましっぱなしである。心電図 も取り付けられた。無線でどこかに状況を飛ばしているのだろう。ごそごそ動 いている間に胸から一箇所外れたらしく、看護師があわてて張りなおしにやっ てきた。

朝から何も食べていなかったので、腹ペコでそれもつらかった。そうこうして いるうちに、漸く妹が到着、一安心である。

入院二日目

朝飯も出ない。昨日も何も食べていないので、むちゃくちゃ腹が減った。また、 小便もでない。絶対安静ということで尿瓶を渡されたが、使いづらくなかなか 出ない。

午前、CTの撮影をおこなった。CTの結果が良かった(影の拡大がなかった)ので、 食事もトイレに行くことも許可がおりた。また、個室から4人部屋に移動となっ た。漸く食事にはありつけたのだが、あれだけ腹が減っていたのに全部食べる ことができなかった。夕方、ふらついて歩けなくなった。平衡感覚がなくなっ たような感じだ。実際は、左足の感覚がおかしくなっていたのだが、このとき は気付かなかった。

入院その後

めまいや、体のふらつき、物が二重に見え、頭痛、左顔面の痺れ等症状がつら い。寝返りをうっただけでもめまいがする。食事のために起き上がると、ベッ ドがゆらゆら揺れている感じがする。テレビも1時間ぐらい見ていると、非常 に疲れる。

24時間打っていた点滴(2種類)も3日目ぐらいから、1種類の朝・夕の2時間程度 になった。でも、針は刺したままである。4日間に一度針の位置を変える。

点滴が夕日に映えてとてもきれいだったので1枚。
光る点滴

絆創膏でバッテンがある箇所が最初(6/27-7/1)の針のあと。
2回目(7/1-7/2)は手首近くになり、手首を動かすととても痛い。
車椅子の操作がとても不自由だった。
点滴の針1

2回目の針は、動かしすぎたのか結合部分から液が漏れてしまい、
刺し なおすことにした。
3回目(7/3-7/6)の針は、腕の中辺りでまぁまぁか な。
点滴の針2

治療について

これといった特別な治療はなかった。薬は、最初数日は点滴。点滴のあとは飲 み薬である。点滴は「キサクロット注」で、飲み薬は「バイアスピリン錠」で ある。どちらも、血液を固まりにくくし、さらさらにする効果があるらしい。 副作用として胃が荒れるかもしれないということで「ファモチジン」という胃 薬も処方された。最初の一週間は頭痛がひどかったので、痛み止め(頭痛薬)も 飲んだ。

検査としては、CTが2回、MRIが1回、血液検査が1回のみであった。また、定期 的(朝昼夕)に看護師が、血圧・体温・脈拍・瞳孔・トイレ回数と体の症状を調 べるぐらいである。

梗塞の症状が脳幹まで達するような重症の場合は手術もあるらしいのだが、私 の場合は軽かったらしく、経過を見守るしかないような感じであった。

リハビリ

めまいは多少残るが、吐き気がなくなり症状がだいぶ軽くなってきた。7/1(火)に 医師からリハビリの話が出た。左足の微妙なコントロールができないため、う まく歩けないのである。入院するまでは、まぁまぁ歩けたのに・・・。

リハビリ担当の医師が症状を確認するために病室までやってきた。両手を引い てもらい、ちょっと歩いてみる。「思ったより、軽いので安心した」と。その 言葉を聞いて自分も安心した。

7/2(水)から本格的にリハビリを開始した。1日30分だけだが、ちょっとした運 動でも結構つらかった。土日は休みだったので、退院まで7回の訓練で以下は そのメニューである。

40数年無意識で歩いていたので、「歩く仕組み」をしみじみと考えさせられた。

現在(7/19)は、多少のふらつきはあるが、ある程度まっすぐ歩けるようになっ た。階段降りや下り坂も退院時点では手すりなしでは無理だったが、次第にで きるようになり徐々に回復した。ただ、まだ小走りができない。(こちらも、 数ヶ月後には小走りもできるようになった。)

退院

入院12日目(7/9)に、朝の回診で退院の話が出た。そろそろではと予想はして いたのだが、本当に退院してもちゃんとやっていけるのか不安である。そのこ とを話すと、「外泊」で様子を見ると言う提案が出た。実生活で問題なければ そのまま退院し、駄目だったら戻ってくる、と言うことである。その場では 「外泊」をお願いした。ただ、そのあとよくよく考えてみると、外泊して駄目 だったとき病院に戻ってきてもどのような対処方法があるのだろうか。結局は、 その駄目な原因を自分で克服しなければならないし、再度入院してもその問題 は病院では解決できないのではと思った。リハビリの先生に相談したところ、 退院しても実生活には全然問題ないとお墨付きをいただいた。多少の不安は残 るが、金曜日(7/11)に退院することにした。

横浜医療センターは国立病院(大きい病院)というだけあって、症状が軽くなる と直ぐに退院させるらしい。私のように、症状が軽くなり歩行にも問題ない状 態は退院の対象だったようである。

退院後直ぐに仕事復帰しようかと考えていたのだが、ちょっとつらい。暑さも あるのだろうが、ちょっと歩いただけで息切れがするし、頭もふらふらする。 2週間寝ていたので体力的な問題もあるだろうが、体を慣らすためにも、あと 一週間は仕事を休むことにした。

入院費

入院費を払いに退院窓口に行ってきた。2週間なので10万円程度と考えていた ら、なんと、28万円だった。「えぇっ!」と思わず言葉にしたら、係りのおば ちゃんが申し訳なさそうにしていた。

領収書を見ると6月分と7月分の入院費(治療費を除く)がかなり違う。6月は4日 間なのに、自己負担額が10万円。7月は10日間なのに2.7万円と。納得がいかな いので、また窓口に出向いた。理由は、「救命救急センター」の入院費は1日 10万円(自己負担3万円)で、一般病棟は9千円(自己負担3千円)と10倍以上の差 であった。ただし、救命救急センターは治療費や薬代が含まれる。一般病棟は 別である。とりあえず、その場でもめるのはみっともないので一応納得して引 き返してきた。

高額医療費と健保の付加給付金

高額医療費とは、病院などの窓口で支払う医療費を一定額以下にとどめる目的 で支給される制度だそうで、私の場合もその対象となった。6月分の医療費か ら「61,297円」、7月分の医療費から「44,756円」が還元された。それでも、 まだ限度を超えているらしく、健康保険組合から付加給付金として 6月分で 「57,000円」、7月分で「56,000円」の給付金が支給された。生命保険(医療保 険)の給付金が55,000円(5日目から5千円/日)だったので、実際に支払った入院 費は、約6,000円となった。生命保険の給付金があまりにも少なかったので、 わかっていてもちょっとがっかりしたのだが、とりあえず費用としてはカバー できたので、ちょっと気が晴れたかな? それでも、毎月の通院で多少の費用が かかるのは事実である。ただ、年間の総医療が10万円を超えた場合は、確定申 告をすれば、少しは戻ってくるらしいが、私の場合は、そこまではいかないよ うである。

後遺症

以下のような後遺症が残ってしまった。 運がよければ直るそうだが、脳の細胞が壊れているのでほぼ絶望的かもしれない。

通院

退院後、近所の病院(耳鼻科に行った病院と同じ)の脳神経外科に行った。 今後の治療方針や生活での注意事項、仕事復帰について等、色々と相談したかったのだ。 月曜(7/14)に行ったら脳神経外科の先生が休みのため、水曜(7/16)の午後になった。

順番が来て扉を開け、よろしくおねがいします、と中にはいり「あっ!」。 先生が「水曜はこっちに来ているのですよ」と。 横浜医療センターの先生だった。

再発する可能性は少ないかもしれないが、定期的に通院しなければならなさそうである。 薬(血液を固まりにくくする薬と、その薬の副作用で胃が荒れるので胃薬)を処方してもらい、 次回は血液検査をして内科的な治療も考えることになった。

仕事復帰は、最初はつらいかもしれないが無理をせずに慣れることが必要だそうである。

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